｢原形版｣と｢完成形｣が浮き彫りにしているのは…
「魔女の暦(原形版)」（横溝正史）
（「金田一耕助の新冒険」）光文社文庫
浅草のレビューの舞台、
三人の魔女役が
肢体を晒して踊っていた。
金田一の目前で魔女の一人が
毒を塗った吹き矢を撃たれ
殺害される。
吹き矢は舞台で使う
小道具の一つだった。
犯人は劇場関係者か？
そして第二の魔女が殺害され…。
前回取り上げた
横溝正史｢魔女の暦｣には、
実は｢原形版｣が存在しています。
昭和31年に
雑誌掲載されたときのものがそれです。
2年後の昭和33年、
横溝は大幅に筆を加え、
単行本化したのが前回取り上げた
｢完成形｣となります。
【主要登場人物】
飛鳥京子
…聚楽館踊り子。
一番目に殺害される。
霧島ハルミ
…聚楽館踊り子。
二番目に殺害される。
紀藤珠代
…聚楽館踊り子。
結城朋子
…聚楽館スター女優。
盛りは過ぎている。
牧ユミ子
…聚楽館踊り子。まだ若く清純。
碧川一彦
…聚楽館新人男優。若い美男子。
岡野冬樹
…聚楽館座頭格。
山城善平
…聚楽館支配人。京子は愛人である。
柳井良平
…聚楽館戯作者。美沙緒は内縁の妻。
甲野梧郎
…聚楽館音楽担当。ハルミは内縁の妻。
山本孝雄
…聚楽館振付師。
等々力警部
…警視庁警部。
金田一耕助
…私立探偵。
何者かに聚楽館に呼び出される。
横溝は改訂癖が強く、
多くの作品を改訂しています。
ノン･シリーズの作品を
金田一耕助作品に書き換える例
(｢聖女の首｣→｢七つの仮面｣など)も
ありますが、多くは短篇作品の長編化
(｢貸しボート十三号｣)です。
これまで取り上げたものの中には、
改訂前後で
作品のテーマや趣が異なるため、
原形版にも優れた点を
見つけることができましたが、
本作品の場合は明らかに完成形の方が
一段も二段も優れています。
今回は改訂にあたっての大きな変更点を
記していきたいと思います。
｢原形版｣からの変化①
より重く、よりおどろおどろしく
雰囲気がより陰惨になるように、
大幅な加筆がなされています。
舞台での設定どおりに
殺人が進行するという設定が、
かなりおどろおどろしいもの
だったのですが、
その描写にあまりページを
割けなかったためか、
原形版を読むと今ひとつ
迫ってくるものがありません。
殺人の舞台を
より緻密に描くことにより、
悪魔の毒矢で殺された一人目の魔女、
鉄鎖で縛り付けられて
殺害された二人目の魔女、
首をはねられたメジューサの衝撃が、
より増幅されているのです。
｢原形版｣からの変化②
爛れた関係をより詳細に
関係者への聞き取りも
大幅に加筆されています。
完成形はこの聞き取りの部分が
やや冗長にも感じられる位なのですが、
これによって、
男女の爛れた人間関係がより鮮明に
浮かび上がってきているのです。
｢原形版｣からの変化③
より緊迫感を伴った設定に
原形版には登場せず、
完成版に登場する人物として
所轄署捜査主任の関森警部補が
挙げられます。
この安穏とした人物を加えて
捜査を失敗させることにより、
事件の深刻さをより明確にするという
効果が生み出されています。
加えてマスコミが捜査本部の失態を
追及する場面も新たに創り出し、
筋書きにより一層緊迫感が
加えられているのです。
筋書き自体には
大きな変化がない割には、結果として
60頁あまりの分量だったのが
約3倍の200頁に増量されています。
そうしてエロス＆グロテスクの世界が
誕生したのです。
こうした創作過程の変化を知ることも、
ファンにはたまらない魅力です。
それはそうとして、
原形版は1996年に
出版芸術社より刊行され
(このとき初単行本化)、
2002年には光文社文庫から
文庫化されているのに対し、
完成形の方は
1975年に文庫化されたものが
1990年頃にはすでに絶版、
昨年(2021年)、
ようやく復刊しました。
この間、四半世紀の長きにわたり、
原形版がだけが流通し、
完成形が絶版状態にあるという
｢ねじれ現象｣が起きていたのです。
完成形を出版している会社は
｢横溝正史没後40年＆
生誕120年記念企画｣と題して、
さもありがたいように
PRしているのですが、
これまで絶版状態を
放置してきたことの方が問題なのです。
｢原形版｣と｢完成形｣が
浮き彫りにしているのは実は、
消費者の方を向いて
事業を行っている出版社と、
別の方を向いている出版社の
姿勢の違いなのかもしれません。
（2022.2.4）
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